月別アーカイブ: 2017年5月

自分のお小遣いを予算で取れない

我が家は、夫がもらってきたお給料を夫婦で一緒に管理しています。給料日になると、夫婦で家計簿を見ながら予算を振り分けていき、 月末にはその収支を一緒に確認します。予算には、夫の小遣いはあるのに、私にはありません。

夫の考え方だと、私は基本家にいるのだから小遣いというものは必要なく、私は必要な時に必要なだけ、家計のお金から使っていいということになっています。夫は特に私がお金を使うことに対して厳しいわけではないのですが、このやり方だと私が何にどれだけお金を使ったのかということを、一緒に家計簿を管理している夫に知られてしまうことになります。

知られてはいけないようなことにお金を使っているのではないのですが、ママ友にランチに誘われた、などという時は、夫が1日中働いているのに、平日昼間からランチなどしてしまうことが、罪悪感に思えて仕方ありません。

私は夫が自分のお小遣いを何にどれだけ使っているのかという事に関してはノータッチなのだから、私にだってそういうお金があったっていいのではないかな…と思いますが、専業主婦の私にはなかなかそこまでの発言権が無いのが我が家の現状です。

なので、 悪いとは思いながらも少しずつへそくりを作っています。夫はレシートまでは確認しないので、不自然にならない程度に少しずつ、スーパーでの買い物などのお金から調整して、へそくりを作っています。そこからランチ代を捻出し、夫には分からないようにしています。

また、夫は自分の服装も家族の服装も、安くてシンプルなものが良いと考えています。私も自分の服装はどうでもいいのですが、2歳の娘には今しか着れないような少し可愛い服を着せたいなと思ってしまいます。

子供服でも可愛いもはとても高く、夫に相談すると、子供にそんな高い服は必要ない、すぐ着れなくなるのだから、と一蹴されてしまいます。なので娘の服を買う時も、「これ安かったんだよ。」と言いながら買って、足りない分は日々の生活費から少しずつわからないように捻出しています。

夫に黙ってプロミスやアコムのような消費者金融でキャッシングしてやろうかと思っちゃうときもありますけどね!

自分のことは後回し。安いものを探して活用!

結婚するまでは車が必須の田舎で実家住まいでした。

兼業農家だったので祖母が作る野菜で食費は浮くし、実家は公務員でかなりの地位まで昇りつめた祖父が建てた家だったので広さも十分・贅沢なつくりで私の代になっても特に問題なく住めたので家賃はゼロです。

おまけに両親揃ってなかなか高収入の職業についているので、私と妹は中学から大学まで私立に通わせてもらい大学入学のお祝いはピカピカの新車でした。

子供がみすぼらしい恰好をしているのをことさらに嫌う母だったので、毎月新しい洋服を私たち姉妹に着せて美容室にも頻繁に連れて行ってくれました。

今になれば女の子の髪を綺麗なショートカットに保つにはかなりのお金が必要なのだとわかります。

このように私はお金に苦労など全くしたことはなく、むしろ入学した私立中学では社長や医者、弁護士の家の子などのお金持ちがわんさかいたので自分の家は全く普通の家だと思い込んでさえいました。

大学を卒業し就職をしてお給料を得るようになると、実家には数万円程度入れてあとはすべてお小遣いという生活を結婚まで続けていたので、貯金はほぼゼロでした。

結婚相手は学生時代の同級生で転勤族だったのですが、結婚して半年もしないうちに転勤となったので私も退職してついていくことになってからお金の大切さをしみじみと感じるようになる生活環境になってしまいました。

まず、主人も若いのでお給料は人並みとはいえ贅沢できるほど高くはありません。

実家からの食べ物や服などの援助も莫大な送料がかかる遠方なので断って節約生活をしているうちに子供が出来て、赤ちゃん時代はほとんどお金もかからなかったのですが、幼稚園代が加算されたことで一気に家計が苦しくなりました。

市立の幼稚園ならば安く済んだのですが、あいにくと近所には私立の幼稚園しかなく毎月3万円近くが飛んでいきました。

毎月貯金などできず、お給料がそっくり出ていく生活の中でまず切り詰めたのは私にかかるお金です。

見た目を気にしてコンタクトでしたが安い眼鏡をかけるようになり、ブランド物の化粧品を口コミで評価の高かったドラッグストアで売っているものにかえました。

髪の毛もセミロングまで伸ばし、たまにすきハサミでセルフカットをして後ろでまとめ髪にしているので毛先がぼさぼさで傷んでいても隠せます。

洋服もはやりに関係のないシンプルなものを季節外れの値下げの時に買って次の年に着ています。

それでもママ友付き合いや子供の行事等で出費があるので大変です。この間、夫のヴェゼルを売りに出してまとまった金額を手にすることが出来ました。少し安心です。(ヴェゼル買取

子供が小学校に入学して留守番ができるほど大きくなったら、私も外で働き私の子供時代と同じレベルとはいかなくても困ることのない生活を送らせたいと考えています。

愛媛県の魅力

みんなが笑顔になれるように。

松山自動車道西予宇和ICから車で20分。山あいの野村町に入ると、野村ダムから立ち上る霧で町が包まれていた。しっとりとした澄んだ空気が心地いい。野村ダム周辺は、豊かな森と四季折々の花で彩られ、地域住民の触れ合いの場となっている。
西予市野城総合福祉協会の兵頭施設長と福田主任が出迎えてくれた。「霧が深くなったのはダムができてからです。野村町は『ミルクとシルクのまち』と呼ばれ、畜産と養蚕が盛んな町です。伊勢神宮で20年に1度行われる式年遷宮(しきねんせんぐう)の御用生糸は野村産なんですよ」
西予市野城総合福祉協会は、障がい者や児童福祉から高齢者福祉まで、総合的に地域の福祉事業を担っている。「私たちは、永続的に地域福祉を支え続けなければなりません。そのためには、経営基盤を整えるとともに、職員が満足して笑顔で働き続けられること、それによってご利用者さんの笑顔を引き出せることが大切です。ミッションは、地域の共有財産となる福祉事業体です」と話す兵頭さん。

 

宇和島鯛めしを世界へ

肥沃な土地と温暖な気候に恵まれた愛媛県は、海と山の幸の宝庫だ。穏やかな風土とその伝統や歴史・文化に培われ、愛すべき郷土料理が各地にある。中でも宇和島の郷土料理は格別だ。なぜなら、太平洋から黒潮の分流が流れ込む近海は、全国でも有数の漁場なのだ。豊富な海の幸をふんだんに用い、宇和島藩伊達家の雅な文化に育まれたこの地域の郷土料理は、豪快ながらも美しく繊細だ。
「株式会社かどや」は、昭和30年に宇和島市の駅前通り出した「小さな駅前食堂」が始まりで、以来「宇和島鯛めし」や「ふくめん」など、宇和島の郷土料理を大切に守り続けている。その飾らない郷土の味は、地元では「かどや」を知らない人はいないといわれるほどだ。現在は、宇和島や松山さらには東京に、グループ12店舗を展開する外食チェーンへ成長している。
取材では松山市にある「かどや」の店舗に伺った。水槽に大きな真鯛が泳ぐ店内には、ふるさとの名物料理の看板が並ぶ。

えひめの木を世界へ。

愛媛の山々には、清らかな水とさんさんと降り注ぐ太陽が、豊かな森を育んでいる。森は多くの命を生み出し、私たちの暮らしを支えている。愛媛で育ったヒノキやスギは、それはたくましく凛として美しい。これらは、愛媛ブランド材「媛ヒノキ」「媛スギ」として国内外で注目されている。そんな日本を代表する愛媛産ヒノキとスギを扱い、産地における共同販売を目的として設立されたのが、大洲市にある八幡浜官材協同組合だ。
松山自動車道内子五十崎ICから車で15分、里山の中に製材所がある。車から降りると、木の香りと心地よい空気に包まれた。思わず深く深呼吸すると身体が浄化されていくようで、木々には不思議な癒やしがあると再確認する。
あいにくの雨の中、丁寧に工場を案内してくれたのは、経理の松代さん。「あまり知られていませんが、愛媛県は日本一のヒノキの産地なんです。この工場は、国産ヒノキの製材では日本一の工場ですよ」広い敷地には、集積されたヒノキやスギの原木がうずたかく積まれている。サイズに応じてカットされ、乾燥・磨きの工程を経て規格寸法の角材に仕上げられるそうだ。製品化されたヒノキやスギの角材は、きめ細やかな肌目と光沢が美しいと評判だ。